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2024年8月3日、今年3月にCDおよび配信で発表されたジャンク フジヤマのアルバム『憧憬都市 City Pop Covers』がLPレコードでリリースされる。本作はジャンク初の全曲カヴァー・アルバムで、シティ・ポップの名曲の数々が神谷樹による編曲とミックスで蘇っている。
LPレコードはPICCOLO AUDIO WORKS主宰のエンジニア・松下真也による製作で、アナログ盤ならではの彫りが深い、デジタル音源とは一味違った質感で『憧憬都市City Pop Covers』が楽しめる。近年のアナログ盤は国内外を問わず一部の例外を除き大半のタイトルがデジタル音源からストレートに製作されているが、今回のLPレコードは現代のスタンダードとは異なるプロセスを経てつくられている。何がどう違うのか。デジタルマスターの音素材をLPレコードの器に相応しい音調整を施した上で一旦ハーフインチのアナログマスターテープにトランスファーし、ラッカー盤(アナログ盤マスター)を製作している。松下エンジニアが常用しているテープレコーダーは現在主流のスチューダー製ではなく、一世代前のテレフンケン製でアンプ部はアンペックスの真空管式を組み合わせている。そして、ラッカー盤の音溝を刻むカッティングマシーンも世界的に使用されているノイマン製ではなく、米国スカーリー製が用いられている。機器だけに着目すると1960年代に一世を風靡したものを活用しており、懐古趣味に思われるかもしれないが、それは根本的に違う。松下エンジニアは現代のデジタル音源の利点や持ち味が最大限引き出せるよう各機器の細部を適宜調整し、アナログ盤の製作に用いている。
調整の行き届いたテープレコーダーとカッティングマシーンを駆使し、ハーフインチのアナログマスターテープを経てつくられるPICCOLO AUDIO WORKSのアナログ盤は、デジタル音源では到底体感できない音のブレンド感が、打ち込み主体の音楽にさえ有機的な質感と肌合いをもたらす。リズムとリズムの間、各楽器の音の余韻、消え際にさえ音楽性が感じられるようになる。松下エンジニアの生み出すLPレコードは音の要所に滲みが宿ることで、聞き手に心地良さを与えてくれるのだ。
プロローグに続いて登場する「WINDY SUMMER」(杏里)はギター・リフが曲を牽引するが、バッキングと溶け合うジャンクのヴォーカル、間奏で印象的なアルト・サックスの音色がデジタルとは異なる風景を描き出す。「テレフォン・ナンバー」(大橋純子)におけるベース・ライン、神谷の奏でるギターの響きも曲と溶け合った音像が提示される。アルバム・タイトルのヒントになっているという「流星都市」(Original Love)はFIRE HORNSによるトランペットとトロンボーンが加わることで演奏に厚みが増しているが、LPレコードではCDで聞くより重心が低い、安定度の高い音が追体験できる。「夏の終りのハーモニー」(井上陽水&安全地帯)はジャンクと神谷のヴォーカルがマイルドに浮かび上がり、聞き手のイメージを大いに膨らませてくれる。「真夜中のドア〜stay with me」(松原みき)は打ち込み主体の曲ながら、音と音の隙間に音楽性が滲み、CDで聞くのとは異なる音の肌合いが感じられる。
B面「黄昏のBAY CITY」(八神純子)はギター・カッティングが印象的な曲ながら、間奏のギター・ソロも含めジャンクのヴォーカルやコーラスと穏やかに溶け合い、耳当たり良好な響きを聞かせてくれる。「雨のステイション」(荒井由美)はbikiの奏でるキーボードに導かれ、ジャンクの研ぎ澄まされたヴォーカルがじっくりと味わえ、後半に登場するフルューゲルホルンの音色もLPレコードの優位性を感じさせてくれる。「夢の途中」(来生たかお)はホーン・セクションの音色が曲に大人っぽい彩を加味し、ジャンクの抑制の効いたヴォーカルが独特の世界観を醸し出す。そして、アルバム終盤を飾る「真夜中のドア〜stay with me」(松原みき)はbikiとのデュエットで、A面の7曲目とはまるで異なる世界観が立ち現れる。
『憧憬都市 City Pop Covers』はジャンク フジヤマのキャラクターを知り尽くしたバンマス・神谷樹の編曲センスが存分に発揮されたアルバムながら、LPレコードで向き合うとデジタル音源では気付かなかった〈音の魔法〉の数々に接することができる。30センチ四方のジャケットもエモい本作のイメージをいっそう強く感じさせてくれる。
武田昭彦